前々から気になっていて、いつかは食べてみたい、いやいや上生菓子マニアなら絶対に食べねばならないと思っていた、北鎌倉の名店「こまき」さんのお菓子をついにいただくことができました!
北鎌倉の「豊島屋」さんへは月に1〜2回通っていて、こまきさんはそのすぐ斜め向かいにあるお店なので、ついでに行くことはできるのですが、こまきさんの上生菓子は一種類のみで、持ち帰りは6個以上からというハードルがあって、なんとなく行きそびれていました。
上生コレクターとしては、6個買うなら効率よく意匠の異なるものを6種類買いたいというのが本音です。
でも、実はすでに何度かこまきさんにチャレンジしたことがあるのです。
が、たまたま定休日だったり、まだ開店前だったり(こまきさんは豊島屋さんより開店時間が1時間遅い)、すでに売り切れてしまっていたりと、毎回タイミングが悪く、御縁がないものと諦め、しばらく遠のいていました。
先日、雨の日の昼下がりに豊島屋さんへ行った帰り道、なぜかふとこまきさんのことを思い出し、というか、引き寄せられるようにそちらの方向へ自然と足が向き、気づくと暖簾をくぐっていました。
平日の雨の日なので店内にお客さんは一人もいません。
お店に入ると突き当りがはめ込みの一枚ガラスになっていて、雨に濡れそぼる円覚寺の白鷺池がまるで絵画のように目に飛び込んできました。
その景色に釘付けになり、しばし入り口に立ちすくんでいると、ドアの音を聞きつけて女将さんらしき上品な女性が奥から出てきました。
「いらっしゃいませ」
「あっ、すみません、今日の上生菓子は何ですか?」
ふと我に返って尋ねる私。
「はい、銘は”みのり”と言いまして、白餡の煉切を茶巾絞りにして、稲穂の型押しをしたもので、中はこし餡です」
さすが老舗の女将さん(もう女将さんと勝手に決めつけていますが)、流暢な解説が返ってきます。
「持ち帰りはできますか?」
「はい、なにぶん日持ちのしないお菓子ですので、当日中のお召し上がりで、6個からになりますが、よろしいでしょうか?」
女将さんはすまなさそうに説明されますが、こちらはそれを承知で来ているので覚悟はできています。
「では、お掛けになって少々お待ちください」
再び静寂が訪れ、奥の方でことことと準備をする音を聞きながら改めて店内をよく見渡してみました。
お店は一般的なイメージの和菓子屋さんではなく、4人掛け テーブルが4卓だけのこじんまりとした甘味処の造りになっています。メニューは上生菓子とお抹茶のセット以外に、小倉白玉やあんみつ、ところてんなどもあります。
初めての訪問に興奮して気づきませんでしたが、横の壁にしつらえられた小さなディスプレイの中に今日のお菓子が鎮座しているではないですか。その上品なお姿に、ますます期待が高まります。どんな味なのか、待っている間にいろいろな想像がふくらみます。
が、それにしても包装にいつまでかかっているのか、まだ出来上がってきません。もうかれこれ10分近く経つでしょうか。
少し時間を持て余し始めた頃、「大変お待たせいたしました。今お作りしたばかりのできたてのほやほやでございます」と、端正な菓子折りを持って女将さんが出てこられました。
なんと、注文を受けてから職人さんが作ってくれていたのです。時間がかかるわけです。
それにしてもなんと贅沢な!作り立ての上生菓子なんて初めてです。
これはすぐに食べない手はないなと、支払いもそこそこに、近くのお寺の境内でひと口いただこうと勇んで向かいましたが、あいにくの土砂降り。
断念して、家路を急ぐことに。幸いに30分もあれば着ける場所なので、はやる気持ちをなだめながら電車に揺られました。
さあ、いよいよご対面の時が来ましたよ。
きりりと結ばれた紐にまで老舗の自信がみなぎっていますね。
じゃじゃーん!
並んだ姿は、まさに黄金色に実った稲穂の波!
「みのり」煉切製:こまき
作りたての煉切がこんなにもしっとりふんわりしなやかだとは!
まだ職人さんの手の温もりが残っているかのような優しい口当たりに、なめらかな口どけ。
甘美な味わいが泉のように湧いてきて、まるで自分とお菓子が一体化したような不思議な感覚。
今年一番の至福のひと時。今年一番の収穫。まさに今年一番の”みのり”のお菓子でしたね。
こまきさんが作る上生菓子は、お茶席用の受注状況によっては数種類用意されている時もあるらしいですが、原則1日1種類のみ。
季節に合わせ入れ替わり、同じ意匠が1ヶ月続く時もあれば、1日限定の時もあるという神出鬼没なラインアップはコレクター泣かせですが、その分集め甲斐があります。
なにより、作りたての美味しさを知ってしまったからには、当分通い詰めてしまいそうですね。