古代中国では、「亥の月、亥の日、亥の刻に餅を食べれば無病息災である」といわれ、この餅のことを「亥の子餅」といいます。 もともとは、多産なイノシシにあやかって子孫繁栄を願う意味がありました。日本では平安時代にまず貴族に取り入れられましたが、ちょうど収穫の時期でもあり、次第に収穫の祭りとして一般に広まっていったと考えられています。
亥の子餅の材料として、オリジナルの中国では大豆、小豆、大角豆(ささげ)、胡麻、栗、柿、糖(飴)の7種類が使われていました。 日本では少し変化し、室町時代には、白、赤、黄、胡麻、栗の5色の材料を使うようになり、その後も変化を遂げ、今となっては、特に統一された形・色・材料はなく、地方によって、お店によって様々なバリエーションがあります。